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兰芷儿
山不解释自己的高度,并不影响它的耸立云端;海不解释自己的深度,并不影响它容纳百川;地不解释自己的厚度
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lanzhier 性别:女    所在地:山东
博客文章
2010年04月30日 09:50

平城京歴史館と、遣唐使船復原展示 楽しんできました♪



人が少ない雨風のとびきり寒々しい夕暮れ時

 


一人で一時間ほど、
ちょこっと(買い物ついでに 笑)行ってきました。




朱雀門では、衛士隊(えじたい)の実演が終わった直後だったみたい。残念。




朱雀門から見える空もとっても悲しそう…。




こんなお天気の夕方5時頃ですから、来場者の姿も、ほとんど見かけません。




それでは、さっさと、目的の平城京歴史館へ。
場所は、エントランス広場のすぐ南です。




一応、整理券を受け取りに行くと、「そのままお進みください」とのこと。
普段は整理券が必要ですので、ご注意ください。

■所要時間/約60分 
■開館時間/9時00分~19時30分(最終入館18時40分) 
 現在(4月24日~5月9日)、夕暮れ特別観覧実施で、延長しているとのこと。
■料金/一般 500円(400円)、高校・大学生 250円(200円)、小・中学生 200円(150円)
 カッコ内は20名以上の団体料金


この中に入ると、以下の展示物・シアター等が楽しめます。

テーマ展示 
中国大陸、朝鮮半島をはじめ大陸との交流により発展した我が国の国づくりの歴史や往時の文化・暮らしに焦点を当てたテーマ展示。ストーリー仕立ての映像展示などで、わかりやすく解説します。
120インチのスクリーンで、「伝わる技術 根付く文化」と「国の礎(いしずえ)を築く」と題した4分ほどのアニメ。東アジアとの交流を中心に、古代から平城京遷都に至る時代絵巻を、
司馬達等(しばたっと)・粟田真人(あわたのまひと)と、せんとくんとの掛け合いで、構成されています。せんとくんの声、かわいいデス。
 

遣唐使シアター 
アニメーションなどを駆使して、遣唐使の歴史や渡航の様子をドラマチックに再現。
登場人物は、NHKドラマですっかりおなじみの吉備真備(きびのまきび)はじめ、
鑑真和上・阿倍仲麻呂(あべのなかまろ)。
しかし、個人的に、このコーナーで、一番印象深かったのは、
スクリーンの横にたたずむ天平貴族の衣装を身にまとった超美人の案内のお姉さん


この方、よく見たら、等身大のロボット?!…。
至近距離で、しみじみ観察させていただきました。(笑)
口元の表情がとってもリアルで、びっくり。
(あ、でも、上のイラストのヘアースタイルや衣装は適当です、あしからず。)


平城京VR(バーチャルリアリティー)シアター
外国使節団が見た平城京をコンセプトに、往時の壮麗・壮大な都の姿や華やかな文化を最先端のVR技術により再現。
横7.8メートル、横4.4メートルある巨大なスクリーン5面が設置された「平城京VRシアター」。
なんせ、この日は、ほとんど貸し切り状態。
スタッフの方が、熱心にすすめて下さった特等席、5面のスクリーンの中央を陣取って拝見しましたデス。
(私、この手のものはすぐに酔ってしまうのですけど、楽しく見ることができたのでホッとしてます。)
「平城京、はじまりの都」と題した最新のバーチャルリアリティーで再現した迫力ある映像で平城京を紹介。 
美しくて、感動します。
平城宮もさることながら、創建当時の立派な伽藍の、東大寺・西大寺・興福寺・大安寺。
そこ、ちょっと一時停止してぇ、もっとじっくり観たい!」って何度も思いました。(笑)
今後は、見るだけじゃなくて、
スクリーンの中に入っていけるように、ぜひ開発を進めてほしいです。(無理かしらん?)
 

遣唐使船復原展示
全長約30m、マスト高約15m。当時の国際交流の象徴的存在である遣唐使船を原寸大に復原、展示します。進取の精神で渡航した先人たちの気概に触れることができます。
館内は、撮影禁止ですが、、復原された遣唐使船だけは撮影OKなのでいちおう撮りましたが、
お天気悪いのでイマイチな画像ばかりです。
また、いつか、青空の日に、ちゃんと撮れたらいいいのになぁって思います。

それにしても、
館内で、たくさんお勉強したあとなので、
遣唐使の臨場感、一層あふれました。(笑)


大きな碇や、主舵(しゅだ)、
そして、甲板には、位の高い人が使っていた部屋、
雑居部屋など3つの部屋、が再現されています。


甲板に立ってみると
外から見るより、思いのほか狭くて、
長い航海、この中に150人以上もの人が乗り込んでいたなんて…、
あんまり考えたくない状況です…。(>_<)

ほんとに、たいへんな思いをして海を渡ったんですね。



遣唐使の歴史や渡航の様子をドラマチックに再現されたアニメーション遣唐使シアターによりますと、
(すでに記憶が薄れていますが…)
多くの人たちに見送られながら、
船は、現在の大阪「難波津」を出発。
まずは、南の九州まで進み、そこで追い風が吹くまでじっと待機。
そして、追い風がきたとき、
いっきに大陸にむかって出港したのだとか。

また、手もとの書籍によりますと、
遣唐使船は、ふつう4せきで一組となって航海したので、
「四つの船」とよばれたそうです。

奈良時代、航海の技術はまだまだ未熟だったため、
暴風雨で船が遭難してしまうことが多く、
せめて、どれか一隻でも目的地に着くようにと、
いつしか4せきで出発するようになったそうです。

実際、遭難して亡くなる人が多かったため「四(せき)の船」が、
「死の船」とよばれることもあったとか。

実際、こわくなって逃げ出す人もいたのだとか…。
(参考書籍 日本の歴史 奈良時代 小峰書店)
 

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